幽霊ナース

これは私が新人ナース時代に経験した話です。

私の病院は50年以上の前に立てられた、古い病院でした。
建物が古いからなのか、怖いうわさが沢山ありました。

その中でも有名だったのが、『幽霊ナース さゆりさん』の噂です。
さゆりさんは、昔この病院に勤めていたナースで、
子供の患者の足を引っ張り、地獄へ連れて行ってしまうという、恐ろしい幽霊です。

子供の患者さんが夜中に騒いでいても、
『そんなに騒ぐと、幽霊ナースさゆりさんに引っ張られるよっ』
と言うと、みんな大人しくなりました。

幽霊ナースさゆりさん は、この病院で一番恐れられる存在です。

私は新人研修を終え、初めての夜勤をする事になりました。
深夜2時、院内を見回っていると、8歳くらいの女の子がロビーの長椅子に座っていました。

私は女の子に声をかけました。
「どうしたの? 眠れないの?」

女の子は少し怯えたような様子で答えます。
「今日・・・あの子達が来るから・・・」

あの子たち?
「もう夜中だから、ベットに戻ろうね?」

私は彼女の手を引き病室へ向かいます。
この子、南ちゃんは重い肝臓の病気でずっと入院している子です。
肝臓の悪い人は悪夢を見るという話を看護学校で聞いたことがあります。
きっとこの子も病気のせいで悪夢を見たのでしょう。

彼女の病室に近づいた時、私の全身に鳥肌が立ちました。
何かものすごい冷たい空気が南ちゃんの病室から流れだしているようです。

そして薄暗い病室から白い何かが現れました、
モヤのかかった白い何か・・・人?
ナース服?
看護帽?
ナースキャップ?
現在の病院ではナースキャップは廃止されています。
明らかにこの病院のナースではありません。

モヤが固まるように集まって、その顔がはっきりと見えました。
恐ろしい形相でこちらを睨みつけました。
私は「幽霊ナースさゆりさん」の話を思い出しました。
私はあまりの恐怖で硬直してガタガタ震えています。
「さゆりさん」は何かをぼそっと言うと、くるりと背を向け廊下を奥の方に歩いて行きます。
右手に何か棒のような物が握られ、大きな何かを引きずっているように見えました。
あれは足?
子供の足?

子供を引きずって、去って行きます。
子供を助けなきゃ・・・

私は結局動けず、南ちゃんの手を取りガタガタと震えていました。
「もう大丈夫だよ」
逆に南ちゃんに励まされ冷静になった私は病室に入りました。
不思議なことに、あんなに怯えていた南ちゃんはすっかり落ち着いて自分から布団に入りました。

ふと隣のベットを見ると、隣で寝ている子がいます。
すごく荒い息をしています、顔色が紫がかっています。
これはチアノーゼ?

私はナースコールを押しました。
その後、先輩や医師が駆けつけ、その子は一命をとりとめました。

さゆりさんに連れて行かれたアノ子は何者だったのでしょう?
この病院の小児病棟は難病の子も多く、亡くなる子もいます。
だれかの魂を連れて行ってしまったのでしょうか?

それから数日後の深夜、また南ちゃんがロビーの長椅子に座っています。
また幽霊ナースが現れたのでしょうか?

「南ちゃん、また・・・でたの?」
「うん、あの子達が・・・」
心なしか南ちゃんは苦しそうに答えます
「南ちゃんどこか痛いの?」
私が熱を測ろうと彼女の額に触れようとした時、南ちゃんの後ろに黒い影のような物が立っているのが見えました。
子供?
黒い子供です。
全身真っ黒な8歳くらいの女の子?

私は南ちゃんを抱きしめると全力で病棟の方へ走り出しました。
後ろを振り返ると、真っ黒な女の子が私を追いかけています。

小児病棟へ向かう廊下の角を曲がった途端、私は立ち止まり体を硬直させ、しゃがみました。
廊下の角を曲がった所に、あの人が立っていたのです。
恐ろしい形相で私を睨みつけています。
幽霊ナースさゆりさん・・・
後ろから黒い影が迫ります。
逃げ道はありません、私はガタガタ震えて動けません。
南ちゃんは苦しそうな息をしています。
幽霊ナースは私に近づいて来ます。


南ちゃんは・・・この子を守らなきゃ・・・私が・・・

苦しそうな南ちゃんを見ていると、何故か心の奥底から言葉が湧いてきました。

心の中から湧いてきた言葉を私は口にします。

『我はここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わんーー』
硬直した私の体に勇気がよみがえります。

『わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。』
ナイチンゲール誓詞(せいし)
戴帽式(たいぼうしき)でナースに成るための誓いを言葉にしたもの。

『我は全て毒あるもの、害あるものを絶ち、』

私は足を精一杯踏ん張り立ち上がります。

『悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれを勧めざるべし。』

苦しそうな南ちゃんを抱きしめます。

『我は、我が力の限り、わが任務の標準を高くせんことを努むべし。』

恐ろしい形相の幽霊ナースを逆に睨みつけます。

『我が任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて、』

私は南ちゃんを胸に抱き、さゆりさんの方へゆっくりと歩き出します。

『われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。』

私はさゆりさんの横を通り、廊下を小児病棟へと歩きます。
勇気に満ちた私は振り返る必要を感じません。

私はそのまま小児病棟へ向かい、南ちゃんをベットに横たえナースコールを行いました。
先輩看護師や医師が来て、南ちゃんを診察しました。
急性腎不全を起こしており、危険な状態でしたが、
たまたま腎臓の専門家の先生が駆けつけてくれて、南ちゃんは一命を取り留めました。

それからも幽霊ナースさゆりさん は何度か現れました。
さゆりさんが現れると必ず黒い子供も現れ、さゆりさんに引かれて行きました。
そして必ず患者さんの容体が悪化します。

さゆりさんを見かけると、重病患者さんの所へと走るようになりました。
冬に成る頃には、仕事にもさゆりさんにも馴れて来ました。

そんなある日の深夜2時、
南ちゃんがまたロビーで震えていました。

「南ちゃん、また・・・あの子達がでたの?」
「今度は違うの・・・たくさんいるの・・・すごく沢山・・・・・・」
沢山いる?
あの黒い子供が?

南ちゃんは怯え震えている。
「さゆりさん・・・・・・・・・多分いっぱい・・・・・・・」

凄く嫌な予感がする。
「南ちゃん。ここにいて、病棟へ戻っちゃダメ!!」
私は小児病棟へと走る。

小児病棟の廊下の角を曲がると幽霊ナースさゆりさんがいました。
黒い子供がさゆりさんを取り囲んでいます、10・・・20人はいる?
さゆりさんは何時にもまして凄い形相で子どもたちを押さえつけようとします。
しかし黒い子供たちは、さゆりさんに食いつきました。
子供たちに体を食いちぎられながらも必死に抵抗するさゆりさん・・・

『我は、ここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わんーー
わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。』

確かに聞こえた、さゆりさんの声・・・・・・
この黒い子供の大群・・・
急変する患者・・・
幽霊ナースさゆりさん

私はナースセンターに駆け込み医院長に緊急電話をかけました。
「医院長、院内感染です。」
医院長は寝ぼけているのか返事をしません。
「さゆりさんが、沢山の黒い子供と戦ってます、早く!!」

医院長はさゆりさんの名前を聞くと我に帰りました。
「全ての医師に緊急連絡!、病棟を隔離しなさい。」

その後医師達がかけつけ小児病棟を隔離しました。
数人の患者さんが新型インフルエンザに感染していて、あと少しで院内パンデミックを起こす所でした。

事態が収集すると医院長に呼び出され、さゆりさんの事を教えてもらいました。
さゆりさんは・・・30年前にこの病院に努めていたナースで、感染症にかかり亡くなってしまったとの事。
とても優しい人で患者さんには好かれていました。
しかし仕事には厳しく、医院長も新人医師の頃さんざん怒られたとの事です。

その後、南ちゃんは肝臓移植のドナーが見つかり元気になりました。
退院する時に、さゆりさんの事を話してくれました。
苦しくて眠れない時さゆりさんが側にいてくれた事・・・
黒い子供が出ると死人が出る事・・・
でも黒い子供をさゆりさんが引っ張って行くと助かる事・・・

『わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。』
生涯を終えても幽霊ナースさゆりさんはナースで在り続けているようです。

あれから10年、私もベテランナースです。
新人からは鬼教官なんて呼ばれているようですが・・・
この病院には私より怖い、大先輩が今も勤務しているのです。


 

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